私が出会った麻疹肺炎、麻疹脳炎の患者さん

2018年の春、沖縄で麻疹の流行の兆しがあり、麻疹がどれほど怖い病気なのかを具体的に記載して「風邪とはどれくらい違うのか」を鮮明にしておくのがよいと考え、私が出会った麻疹肺炎と麻疹脳炎の患者さんの経過を書きます。
どちらの患者さんもお亡くなりになりました。
予防接種否定派の「予防接種は受けなくても罹ったら方が免疫が強く付く」、つまり「罹っても後遺症もなくなんともない」というのは単なる幻想で、そのような甘っちょろい願望を簡単に打ち砕くほどのインパクトがあると思います。
多少生々しい表現はありますがすべて事実です。
このようなことが起きないように麻疹の、そしてすべての予防接種は受けてください。

まずは麻疹肺炎の患者さんです。
全国的に麻疹が流行していた時期(1995年)で、私が京都大学医学部を卒業して最初に赴任した大阪の病院に併設された乳児院にいた女の子です。
当時生後8か月で麻疹の予防接種は受けていませんでした。
その乳児院でもしばらく前から麻疹の患者さんが断続的に発生していて、その度に他の子供が罹らないように予防としてグロブリン(血液製剤です)を注射することを繰り返していました。その時期にその女の子が高熱を出して水分や食事がほとんど摂れず、麻疹特有の口腔内のぶつぶつがあったので麻疹と診断して入院(乳児院内で隔離で点滴)させました。そして翌日、麻疹特有の発疹が出てきて多少元気になったように見えました。
日曜日で病院は休診で外来はなかったのですが、その女の子の状態が気になって乳児院に診察に行きました。発疹が出てまだ日が浅いのですがその日はきれいに発疹が消えていました。麻疹の発疹は通常は色素沈着して少し時間が経ってから消えるので、普通の経過ではありませんでした。
熱が少し下がって、でも何となく元気がなく顔が普段よりも白くて(もともと色白な子でしたが)変だな、と思いましたが、当時研修医だった私にはそれ以上のことが全く分からなかったのです。
診察中に呼吸が段々とゆっくりに浅くなっていって目をつぶりかけて寝入りそうだったので「ああ少し楽になって眠たいのかなぁ」と思い、目を離してその症状などをカルテに記載して1分ぐらい目を離して再び見たら、一見すると熟睡しているように見えたのですが実は胸の動きが全くない(つまり呼吸が止まっている)ことに気づきました。
あわてて私の指導医を呼んであらゆる蘇生の試みをしましたが、再び呼吸をすることはありませんでした。
呼吸が段々とゆっくりになっていたのは、亡くなる前のサインだったのです。
死因をはっきりとさせるために亡くなった後に撮ったレントゲン写真では両方の肺が真っ白でした。
これが麻疹肺炎でした。
医療の道に入ってまだ数か月程度だったのですが、私が受け持った患者さんのなかで亡くなった患者さんは初めてだったので、それまでになかった大変なショックと敗北感を味わいました。今でもその経過の記憶が鮮明に蘇るほど強烈で、彼女の亡くなった後の微笑んでいるような安らいだ白い顔の面影を今でも忘れることができません。
麻疹の経過中に、普通は発疹が拡大して癒合していくのは違って発疹が急に消えることがあり、これは重症化のサインで「麻疹の内攻」と言います。
この女の子の場合もそうです。

麻疹には治療薬がなく、水分補給の点滴や、麻疹からの細菌感染症を治す抗生剤の点滴はできますが、いったん上記のような経過をとると、悪化を防ぐ方法がありません。
麻疹は麻疹の予防接種を受ける前の0歳と1歳児が最も罹りやすくて重症化しやすく、そして罹った後年後に発症して緩慢に死を迎えるSSPE(亜急性硬化性全脳炎)になりやすいのです。

次は麻疹脳炎の例です。
私が沖縄に赴任して最初の病院が那覇市立病院でしたが、その頃(2001年)は麻疹が流行していました。
那覇市立病院の病棟には「麻疹部屋」という名称の、麻疹の患者さんが集められて入院している大部屋がいくつかあったほどです。
ある日の午前中の遅い時間帯だったと記憶しますが、小児科外来で私が診察している時にすぐ隣の診察スペースで突然慌ただしい動きがあって何が起こったのかを見に行ったら、男の子が痙攣した後に呼吸が止まってぐったりとしていました。
一見してそのぶつぶつから麻疹と分かりました。
スタッフが慌てて処置にまわり、その場で管を気管まで入れてバッグで呼吸させたまま移動式ベッド台で病棟に移動して入院となって機械で呼吸をさせました。
その6歳の男の子はあらゆる処置にもかかわらずその後全身状態の改善がないまま、意識が戻ることなく一週間ほどして亡くなりました。
亡くなる前の頭のCT写真は、脳全体が真っ黒に写っていて脳細胞が死んだ状態でした。
これが麻疹脳炎です。

脳炎とは、脳実質に主にウィルスが感染する状態や、免疫反応で脳実質が反応する状態(ADEM;急性散在性脳脊髄炎、ギラン・バレー症候群など)です。
インフルエンザやヘルペスウィルス・ロタウィルス、突発性発疹を起こすウィルスや麻疹や水痘などのウィルスで起きることが多いのです。
主な症状は、40~41℃の高熱や意識障害(何をしゃべっているかわからない、歩く子が歩けない、何を見ているのかわからない、など)と痙攣で、命にかかわることが多く、また後遺症が残る可能性が大きい病気です。
治療法はありませんから、よくなるかどうかは「ばくち」、つまりよくなるかどうかは神頼み、の状態になります。
その子は麻疹の予防接種を受けていませんでした。

沖縄には以前「麻疹はうつせば軽く済む」という迷信がありましたが現在でもあるかも知れません。「麻疹に罹っても他人にうつしたら本人は麻疹の症状が軽くなる」という迷信です。だからその子は麻疹になっても積極的に外出していました。
その子の親はそういう考えでした。
「うつして軽くなるような病気だったら予防接種は必要ない」訳ですから、予防接種は受けていなかったのです。
さすがに今ではそのような考え方をしている方は沖縄にはいないと思いますが、、。
でも21世紀の現在のネット上のいい加減な情報は、それと同じレベルです。
ネットの情報は、しっかりと自分の考えに照らし合わせて吟味・評価して取捨選択するべき(ネットリテラシー)です。
時間をかけて検索してくだらない情報にいくら当たっても、享受できるメリットが全くありません。

麻疹の予防接種が浸透してきている状況でそこに麻疹の予防接種をしていない人がいたら、麻疹が流行してきたらおそらくそのような人たちが集中的に感染するはずです。
そしてその人たちは麻疹ウィルスをばらまくはずです.
麻疹の基本再生産数(患者さんが1名いたら、抗体を持たない集団で何名の人にうつすか)は、概ね18でインフルエンザの2~3と比べると圧倒的に高い数字で、感染症の中では最高の数字(つまり最もが感染力が強い)です。

麻疹は人から人にしかうつらないので、予防接種で根絶可能な病気です。
過去には、天然痘が予防接種で根絶できた病気です。
麻疹を根絶するためには、予防接種を必ず受けるという各人の努力が必要です。
「罹る可能性があり、重大な後遺症が残る可能性がある」からこそ予防接種が必要です。

惨めな死を迎えた麻疹の患者さんと出会った教訓は「予防接種は積極的にすべてうけること」です。






2018年4月9日